おすすめの読者層:作業スピードを上げたい方、若手のビジネスパーソン、作業が遅い・手戻りが多くて悩んでいる方
本書はボストンコンサルティンググループ(BCG)で日本代表を務めた内田和成氏が仮説思考の効力と実践法、その磨き方について説明した本です。
ビジネスにおいて、多くの人は山のような情報を集めてから意思決定をしようと試みる傾向があります。情報が多ければ正しい意思決定ができるというのは誤った考えであり、この「網羅思考」こそが、仕事のスピードと質を低下させる原因の1つです。
BCG流の問題発見・解決の発想法である「仮説思考」は、この非効率な働き方からの脱却を可能にする強力な武器です。ここでは、仮説思考がもたらす具体的な効果、その使い方、そして実践的な訓練法についてご紹介します。
目次
この記事の要点
- 仮説思考を使うことで、問題解決のスピードが上がり、全体を見渡す大局観が身に付く
- 最初から精度を高くする必要はなく、とりあえずで良いので仮説を立てる
- 仮説をうまく使うには、構造化により大きな問題と小さな問題に切り分ける
- 仮説思考を上達させるために、自分の考えに「だから何?」「なぜそう言える?」を繰返す
仮説思考の効力
仮説思考を使うとどんなメリットがあるのか、それと対局にある網羅思考とその危険性についても説明します。
問題解決のスピードが格段に上がる
仮説思考とは、物事を答えから考えることです。分析や情報収集に取り掛かる前に、まず現時点で「最も答えに近い」と思われる答え、すなわち「仮説」を先に立ててしまいます。
仕事のできる人は、まだ十分な材料が揃っていない段階で自分なりの答えを持っています。この仮説を持つことで、何をすべきか(検証すべきこと)が明確になり、論点を深く考えることができるようになります。
コンサルタントは日頃からこの思考法を実践しており、限られた情報と時間の中で、人よりも早く正確に問題点を発見し、解決策につなげることが可能になります。結果として、問題解決のスピードが格段に速くなります。
網羅思考の危険性
情報収集に時間をかけすぎたり、考え得るあらゆる可能性を調べ尽くそうとする「網羅思考」は、非効率的です。特に先行きが不透明な現代において、情報を網羅的に集めて意思決定を遅らせることは、競争に遅れをとる大きなリスクとなります。
網羅思考型の企業では、多くの情報コレクターが生まれますが、それらはアクションに結びつかない報告書に終わることが多く、意思決定を遅らせる元凶にもなり得ます。将棋の天才棋士である羽生善治氏も、考え得る80通りの指し手のうち、経験からその大部分を瞬時に捨て、良いと思われる2〜3手に絞り込むことで、決断力を支えていると述べています。
ビジネスにおいても同様に、すべてのケースを調べ尽くすのは時間的にも資源的にも無理があり、限られた情報をもとに、仮説思考によって最適な意思決定をすることで、そのスピードが大きく上がります。
大きなストーリーを描けるようになる
仮説思考を身につけることの大きな効用の一つは、仕事の全体像を見通す大局観が身につくことです。
仮説思考では、十分な証拠がない段階で、問題の真の原因から解決策、具体的な戦略まで踏み込んだ「ストーリーの全体構成(シナリオ)」を大胆に作り上げます。このストーリー(幹)を持つことで、その後の分析や情報収集が、幹を立証し、補強するために必要なものだけに絞られます。
例えば、化粧品メーカーの売上打開策を検討する際、まず「マーケティング戦略がユーザーセグメントの変化に追随できていない」という仮説(結論)を立て、それに基づき「現状分析」「結論」「提案」の構成案(空パック)を作成します。これにより、やるべきことが明確になり、仕事の効率が格段に高まります。
仮説思考の使い方
仮説思考は強力ですが、一般的な考え方のプロセスとは大きく異なるといえます。この章では仮説思考を効果的に使うための方法について述べます。
間違っていても構わない
仮説は、あくまで「仮の説」であり、極論すれば間違っていても構いません。むしろ、失敗を恐れず、どん欲に仮説を立てて検証し、修正を繰り返すことが重要です。
情報が不足している段階で結論を出すことには「気持ち悪さ」が伴いますが、この気持ち悪さを乗り越えて、まず答えを出す姿勢が迅速な意思決定につながります。
「そんなことをしたら間違った結論や行動にたどり着くのでは」という懸念は不要です。仮説が大きく外れていた場合、検証段階で仮説を裏付ける根拠が集まらず、すぐに間違いに気づくためです。その時点で新たな仮説を立て直せば、網羅的に調べるよりロスの時間は圧倒的に少なくなります。
仮説と検証を繰返す
仮説思考の核となるのは、「仮説→実験/分析→検証」のサイクルを繰り返すことです。
例えば、セブン-イレブンは、このプロセスを毎日実行することで、販売のノウハウを磨いています。彼らは「ソフトドリンクの品揃えが多すぎると、本当に売れる商品が埋もれてしまうのではないか」という仮説を立て、品揃えを減らす実験を実施しました。その結果、売上が3割増加したことで仮説を検証し、そのノウハウを組織全体で共有・進化させています。
このサイクルを素早く繰り返せば繰り返すほど、仮説の精度は向上し、仕事の質とスピードが上がります。
仮説の構造化により、大きな問題と小さな問題を整理する
立てた仮説を検証し、真の原因を特定するためには、仮説を構造化する(論点を掘り下げる)手法が有効です。
具体的には、イシュー・ツリー(論点ツリー)を活用し、問題の全体像を構成要素に分解します。例えば、「売上が上がらない」という問題は、まず「総需要の減少」と「自社が競争相手に負けている」の二つに分けられ、そこからさらに「製品力で負けている」「販売力・マーケティング力で負けている」といった具体的な要因へと掘り下げていきます。
この構造化により、大きな問題(幹)と、それに影響を与えない枝葉の小さな問題とを明確に区別して整理できます。仮説を構造化し、検証によって可能性の高い論点に絞り込むことで、無駄な調査を避け、効率的に問題の本質に迫ることができるのです。
仮説思考力を高める
仮説思考力は、経験に裏打ちされた直感(勘)から生まれます。この力を高めるためには、日々の生活の中で意識的な訓練を続けることが欠かせません。その方法についてご紹介します。
So What?を常時考える
訓練の一つとして、身の回りで起きた現象や事実に対し、常に「So What?(だから、何?)」と問いかけ続ける習慣をつけましょう。
例えば、新聞で「〇〇工業の決算が史上最高益を更新した」という記事を見たとき、「だから、何?」と考えます。これは、単に原因を掘り下げるだけでなく、「それが他の分野(例:株価、競合他社)にどんな影響を及ぼすのか」というアクションに結びつく予測まで考えることです。
現象(事実)と、それによって引き起こされる影響(結果)を結びつける思考を繰り返すことで、仮説の構築と、それが具体的な解決策につながるかどうかの判断力を磨くことができます。
なぜを繰返す
問題の真の原因(真因)を見つける力を養うには、「なぜ」を繰り返し、深く掘り下げる訓練が有効です。
トヨタ生産方式の基本ポリシーにもあるように、「なぜ」を最低五回繰り返すことで、表面的な問題ではなく、その根底にある根本原因にたどり着くことができます。例えば、「プロ野球がはやらない」のはなぜか?→「スターがいないから」なぜスターがいないのか?→…といった具合に掘り下げていきます。
この訓練は、日々の仕事の中で行うだけでなく、身近な出来事について行うことで、客観的な思考力を高めることができます。
身近なものを練習台にする
仮説思考力を磨き始めたばかりの頃は、いきなり会社の重要な問題で試すには勇気がいりますし、失敗が許されない場合もあります。そこで、身近な事柄を練習台にするのが最も手軽で効果的です。
✔ 友人や家族とのディスカッション
仕事に関係ない話題(例:近所のはやっているレストランとはやっていないレストランの違い、ゴルフの上達法など)について仮説を立て、友人や家族にぶつけてみましょう。彼らの反応(「面白いね」「でもそれは違うんじゃないか」)を検証のヒントとし、仮説を修正・進化させる練習になります。
✔ 相手の視点でのシミュレーション
自分の所属する部門(例:生産部門)だけでなく、相手の部門(例:営業部門)の立場に立って、なぜ問題が発生しているのかを考えます。相手の視点でものを見ることで、今まで考えられなかったような新しい仮説(解決策)が生まれることがあります。
この訓練は、失敗しても金銭的な損失が発生しない(ただでできる)という大きなメリットがあり、繰り返すことで、いずれは少ない情報から質の高い仮説を立てる「知的タフネス」が身についていきます。
仮説思考は、情報が多ければ正しい意思決定ができるという誤解を捨て、限られた時間と情報の中で、最も正しい答えを導き出すための指針です。仕事のスピードと質を向上させ、不確実な現代のビジネス環境で成功し続けるための必須スキルとなります。
感想
かくいう自分もかつては網羅思考寄りの考え方でした。比較的作業スピードは速かったこともあり、とにかく多くの情報を集め、高速で加工することで対応していましたが、その中には本来やる必要がない作業も多く含まれていました。
仮説思考を意識するようになってからは、手戻りや不要な作業に着手することが大きく減りました。また、考えている最中に「これは枝葉なのか幹なのか」を区別して全体像を意識できるようになり、不必要に細部に入り込むことを予防するのにも役立っています。
とはいえやはり仮説を立てること自体に難しさもあるため、油断しているとつい網羅思考にもなりがちです。仮説思考の実践にはいくつかコツがあるようにも感じていて、いずれブログにしてみたいと思います。
時間をかけて考えても成果に結びつかない方、作業が遅くて悩んでいる方、大きな手戻りが発生してしまう方はぜひ本書を読んでみてください。

