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はじめに:仮説思考はセンスではない
先日内田和成氏の仮説思考のブログを投稿しました。非常に強力な考え方ではありますが、いざ実践となるとなかなか良い仮説が思いつかなかったり、そもそも仮説を立てること自体に抵抗を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
仮説思考は特別なセンスや才能を必要としません。料理のレシピや楽器の練習と同じように、正しいやり方を知り、繰り返し実践すれば、誰でも身につけられるスキルです。
にもかかわらず、仮説思考には難しいイメージがあります。もし、仕事のスピードと質を上げたいとお悩みなら、この記事がその最初の一歩を踏み出す手がかりになります。本記事では、多くの人が仮説思考でつまずく難しさの理由を3つに分解し、 それを乗り越えるための心構えとテクニックをお伝えします。
仮説思考が難しい3つの理由
仮説思考がうまくいかない主な理由として、以下の3つの障壁が挙げられます。
考える順番が「通常」と逆だから
通常、「まず事実を集めて、それから結論を導く」という思考プロセスを辿ります。
小学校の理科の実験は「観察→記録→考察」の順番で進めます。ビジネスの現場でも、「まずは現状把握から」「データを揃えてから判断しよう」という発想が根付いています。
この思考法は「帰納法」と呼ばれ、確かに堅実で安全な方法です。しかし、時間がかかりすぎるという致命的な欠点があります。すべてのデータを集めてから考え始めると、判断が遅れ、機会を逃してしまうのです。
一方、仮説思考はこれとは逆のアプローチをします。「まず答えの見当をつける(仮説)→それを確かめるために最小限のデータを集める→仮説を修正する」という流れで進みます。結論を先に置くという発想が、長年の習慣と真逆なため、多くの人が強い違和感を覚え、これが障壁になります。
間違えるのが怖いから
仮説思考が難しいもう一つの理由は、心理的なプレッシャーです。
日本の教育やビジネス文化では、「間違えないこと」が重視されます。テストで間違えれば減点され、会議で的外れな発言をすれば評価が下がる。こうした経験の積み重ねが、「間違えることへの恐怖」を植え付けます。
仮説を立てるということは、言い換えれば「間違えるリスクを取る」ということです。仮説が外れたら、「あの人の読みは甘かった」「的外れなことを言っていた」と思われるのではないか――そんな不安が、仮説を口に出すことを躊躇させます。
特に、上司や顧客の前で仮説を提示する場面では、このプレッシャーは倍増します。「もっとデータを集めてから発言しよう」「確証が持てるまで黙っていよう」という心理が働き、結局、仮説を立てずに時間だけが過ぎていくのです。
しかし、仮説は「当てるためのもの」ではなく、「正しい結論に早く辿り着くためのもの」です。外れた仮説からも貴重な学びが得られます。むしろ、早く間違えた方が、早く正しい方向に進めるとすら言えます。この認識の転換がないと、仮説思考の実践は困難です。
そもそも何を答えれば良いのかわからないから
仮説思考が難しい3つ目の理由は、「どんな仮説を立てればいいのか分からない」というものです。
例えば、上司から「売上が落ちた原因を考えてくれ」と言われたとします。このとき、多くの人は混乱します。「何を答えれば、良い仮説と言えるのか」という基準が不明瞭なためです。
この問題は、実は「問いの曖昧さ」にも起因しています。仮説は「問いに対する仮の答え」です。問いが曖昧なら、答えも曖昧になります。逆に言えば、問いが明確なら、仮説は自然と浮かび上がってくるのです。
「売上が落ちた原因を考えてくれ」という曖昧な問いではなく、「新規顧客数が減っているのか、それともリピート率が下がっているのか?」という明確な問いに変換できれば、仮説は立てやすくなります。「新規顧客数が減っている」→「なぜ?」→「広告の効果が落ちているのでは?」→「それを確かめるには?」という風に、思考が自然と進みます。
しかし、多くの状況では、この「問いを明確にする」というステップが飛ばされています。曖昧な問いのまま、あるいは問いの不在のまま仮説を立てようとすると、良い仮説には辿り着けません。
仮説思考を実践するための3つの心構え
仮説思考が難しい理由が分かったところで、次はそれを乗り越えるための心構えです。テクニックの前に、まずはマインドセットを変える必要があります。
間違っていても構わないと捉え直す
仮説思考の第一歩は、「仮説は外れて当然」と腹をくくることです。
最初に立てた仮説が当たる確率はせいぜい30%以下かと思います。経験豊富なコンサルタントでさえ、最初の仮説が的中することは稀であり、それが通常です。
重要なのは、仮説思考の目的は「当てること」ではなく、「効率的に正解に近づくこと」だという点です。仮説がなければ、どこから調べていいか分からず、あらゆるデータを網羅的に集めようとして時間を浪費します。一方、たとえ外れる仮説でも、「この方向ではなかった」という学びを与えてくれます。
科学の世界では、仮説が棄却されることは日常茶飯事です。むしろ、「この仮説は間違っていた」という発見こそが、研究を前に進めます。ビジネスも同じです。間違った仮説を早く発見できれば、早く正しい方向に軌道修正できるのです。
ですから、仮説を立てるときは「これが正しいかどうか」ではなく、「これを検証すれば、何を学べるか」と考えましょう。外れた仮説も、価値ある学びの源泉なのです。
いきなり周りに見せなくてよい
仮説思考への心理的ハードルを下げるもう一つの方法は、「最初の仮説は自分だけのメモ」として使うことです。
多くの人が仮説を立てられないのは、無意識のうちに「人に見せられるレベル」を目指してしまうからです。上司に報告できるような、プレゼン資料に書けるような、完成度の高い仮説を作ろうとして、手が止まってしまうのです。
しかし、最初の仮説は誰にも見せる必要がありません。ノートの端に走り書きする、スマホのメモアプリに思いつきを箇条書きする――それで十分です。「〇〇が原因かも」「でも△△の可能性もあるな」「まずは××を調べてみよう」といった、思考の断片をそのまま書き留めるレベルで構いません。
誰にも見せないメモなら、恥ずかしさもプレッシャーもありません。完璧な文章にする必要もありません。この「ラフな仮説メモ」を作る段階では、質よりも量を重視しましょう。3つ、4つと仮説の候補を書き出してみる。その中から、検証しやすそうなものを選んで、少しずつ具体化していけばいいのです。
後で、検証が進んで確度が上がってきたら、その時点で整理して人に見せればいい。最初から完成品を目指す必要はないのです。
常に「練習中」と心得る
多くの人は、仮説思考を「一度やり方を理解すれば、すぐに使いこなせるテクニック」だと誤解しています。しかし実際には、何度も試行錯誤を重ねて、徐々に精度が上がっていくものです。
ですから、常に「練習」だと思ってください。うまくいかなくて当然です。仮説が外れても、検証方法が甘くても、「次はもう少しうまくやれるな」と学びに変えればいいのです。
優秀な人でも、多くは最初は稚拙な仮説しか立てられません。しかし、何百回と仮説を立てて検証することで、「どんな仮説が検証しやすいか」「どんなデータを集めればいいか」という勘が養われていったのです。
今日立てる仮説がうまくいかなくても、それは失敗ではなく、練習の一部です。100回、200回と繰り返すうちに、確実に上達していきます。「常に練習中」という気持ちで、気軽に仮説を立て続けましょう。
仮説思考を実践するための具体的な方法
心構えが整ったら、次は具体的な実践方法です。以下の3つのテクニックを使えば、明日から仮説思考を実行に移せます。
箇条書きで荒く書き出す
仮説を書くとき、多くの人は「文章」で書こうとします。しかし、文章で仮説を書くのは難易度が高い側面があります。
というのも、文章にしようとすると、「てにをは」や接続詞、論理の流れなど、余計なことに脳のリソースが取られ、書くのに時間を要します。書き終えたとしても、修正に時間がかかります。仮説は進化により常に修正すべき性質があるため、このような書き方とは相性が悪いです。
仮説は、箇条書きで十分です。むしろ、箇条書きの方が思考が整理されます。完璧な文章を書こうとせず、まずは箇条書きで思考を吐き出しましょう。整理するのは後から構いません。
問いと仮説をセットで書く
仮説思考を実践する上で、重要なテクニックとして「問い」と「仮説」を常にセットで書くということが挙げられます。
前述の通り、仮説は「問いに対する仮の答え」です。問いが曖昧なら、仮説も曖昧になります。逆に、問いが明確なら、仮説は自然と浮かび上がってきます。
例えば、こんな曖昧な問いでは、仮説が立てにくいです:
- 「顧客満足度を上げるには?」
- 「チームの生産性を高めるには?」
これらの問いは抽象度が高すぎて、何を答えればいいのか分かりません。
一方で問いを具体化すると、仮説が立てやすくなります:
- 「顧客満足度が低い顧客の共通点は何か?」
→ 仮説:「購入後1週間以内に問い合わせをした顧客の満足度が特に低い。初期不良や使い方の不明点が解消されていないのではないか」 - 「生産性が低い日と高い日の違いは何か?」
→ 仮説:「会議が午前中に集中している日は、午後の生産性が20%低い。朝の集中力を会議で消耗しているのではないか」
このように、問いと仮説をセットで書くことで、思考の焦点が定まります。そして、「この問いに答えるには、どんなデータが必要か」も見えてきます。
仮説を立てるときは、まず「自分は何という問いに答えようとしているのか?」を書き出しましょう。問いが明確になれば、仮説は自然とついてきます。
理論仮説と行動仮説にわけて考える
仮説思考で最も効果的なテクニックは、仮説を2つの要素に分解することです。
理論仮説:「なぜそうなっているのか?」という原因・メカニズムに関する仮説
行動仮説:理論を確かめるための、行動に焦点を当てた仮説
多くの人は、理論仮説までは思いつきます。例えば
- 「問い合わせ対応が遅いから、顧客満足度が低いのではないか」
- 「会議が多すぎて、集中作業の時間が取れていないのではないか」
しかし、ここで思考が止まってしまいます。「で、どうすればいいの?」「何を調べればいいの?」という疑問に答えられず、結局行動に移せないのです。
そこで必要なのが、行動仮説です。理論仮説とセットで、「それを確かめるためのアクション」を具体的に書き出すのです。理論仮説と行動仮説をセットで書くと、「次に何をすればいいか」が明確になります。そして、行動仮説を書く過程で、理論仮説自体の曖昧さにも気づけます。「これ、どうやって確かめるんだろう?」と考えることで、「そもそもこの仮説、検証可能なのか?」という問いに直面するのです。
検証できない仮説は、良い仮説とは言えません。理論仮説と行動仮説をセットで考える習慣が、仮説の質を高めるのです。
まとめ:完璧な仮説より「出して直す」
仮説思考は、特別な才能ではありません。正しい心構えと具体的な方法を知れば、誰でも実践できるスキルです。
仮説思考が難しい3つの理由:
- 考える順番が通常と逆だから
- 間違えるのが怖いから
- そもそも何を答えればいいのか分からないから
仮説思考を実践するための3つの心構え:
- 間違っていても構わないと捉え直す
- いきなり周りに見せなくてよい
- 常に「練習中」と心得る
仮説思考を実践するための3つの方法:
- 箇条書きで荒く書き出す
- 問いと仮説をセットで書く
- 理論仮説と行動仮説にわけて考える
完璧な仮説を目指す必要はありません。大切なのは、「まず出して、検証して、直す」というサイクルを回すことです。最初の仮説が外れても、それは失敗ではなく、正解に近づくための一歩なのです。
ですから、仮説を立てるときは「これが正しいかどうか」ではなく、「これを検証すれば、何を学べるか」と考えましょう。外れた仮説も、練習の量となり将来の種になります。

