昔々、一人の木こりが材木屋に仕事をもらいにいった。申し分のない条件だったので、木こりは仕事を引き受けることにした。
最初の日、木こりは親方から斧を一本手渡され、森の一角を割り当てられた。男はやる気満々で森に入った。その日は一日で18本の木を切り倒した。
「よくやった!この調子で頼むぞ!」親方の言葉に励まされた男は、明日はもっと頑張ろうと誓って早めに床に入った。
次の日、男は誰よりも早く起き、森に向かった。ところが、その日は努力もむなしく15本が精一杯だった。「疲れているに違いない」。そう考えた木こりは、日暮れとともに寝床に入った。
夜明けとともに目を覚ました男は「今日は何としても18本の記録を超えるぞ」と自分を奮い立たせて床を出た。ところが、その日は18本どころかその半分も切り倒せなかった。次の日は7本、そのまた次の日は5本、そして最後には夕方になっても2本目の木と格闘していた。
何と言われるだろうとびくびくしながらも、木こりは親方に正直に報告した。「これでも力のかぎりやっているのです。」
親方は彼にこう尋ねた。「最後に斧を研いだのはいつだ?」
男は答えた。
「斧を研ぐ?研いでいる時間はありませんでした。何せ木を切るのに精一杯でしたから」
引用元:座右の寓話 戸田智弘 出版社 ディスカヴァー・トゥエンティワン www.amazon.co.jp/dp/4799328212
木こりは木を切るのに夢中で、斧を研ぐのを怠っていました。お気づきの通り、木を切る手を止めれば斧を研ぐ時間はあっさり捻出できます。
朝早く起きて、夕方まで作業している描写があるため、短く見ても木を切るのに毎日10時間程度は費やしていそうです。ということは初日は概ね1時間で2本程度切っていることになります。
仮に斧を研ぐのに30分かかったとしても、それによりロスする時間は木1本分程度です。それで初日の切れ味まで回復するならば、6日間17本ずつ切ることができ、6日で102本の木を切れる計算になります。寓話中の木こりの倍以上です。さらにいえば、1日の真ん中あたりに斧を研ぐ時間を設ければ、休憩を兼ねることもできそうです。
大事なのは「木こりは至って大真面目だということ」のように思います。決して怠惰なわけでもなく、より多くの成果を上げたいと思っています。しかし、目の前のことに囚われすぎると、前のめりになるほど成果がでなくなることがありえます。
現代に置き換えれば斧を研ぐ時間は何が該当するでしょうか。健康のための運動、読書、資格取得の勉強、普段会わない人と食事をする時間、身近な人とゆっくり話す時間などなど。
「忙しくて運動や勉強なんてする時間はない」、良く聞くフレーズですし、自分も言ってしまうことがあります。ですが、時間がないから運動できないのか、運動しないから生産性が落ちて時間が足りなくなるのか、一度実験ぐらいはしてみてもいいのかもしれません。
現実に落とし込むとなかなかバランスが難しいようにも思います。木を倒すのを後回しにして自分のやりたいことに時間を割きすぎると、周りの人に迷惑をかけてしまうことになりかねません。
木を切るという目先のやるべきことをしっかりとこなしつつ、斧を研ぐ時間も確保するよう意識したいところです。